女性のインド旅・旅にまつわるライフスタイルについてご紹介。

「がんばっている」と「充実している」の違いを理解して、有意義な人生を!

   

【瞑想】「がんばっている」と「充実している」の違いを理解して、有意義な人生を! ニホンジンである私もそうなんですが、「がんばっている」ことと「充実している」ことについて、この国では大変に混同されているように思います。(他の国のことは良くわからないですが、過労死や自殺の多い我が国よりは、のんびり暮らしてる国も多くありそうです) このことについて、最近気づくことがあったので、まとめてみます。 そして、この混同・混乱を理解し、その新しい見方を人生の中で活かしていくには、瞑想することがキーになって来るように思うのです。 photo credit: greg westfall. via photopin cc

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「がんばっている」×「充実している」には4つのパターンがある

「がんばっている」×「充実している」ということの違い、と言われてピンとこない人もいると思うので、簡単にマトリックスにしてみます。
 がんばっているがんばっていない
充実しているAB
充実していないCD
このマトリックスの例は、以下のようになります。 A:海辺でパラソルの下でのんびり→がんばってないけど充実している B:毎日ひまでやることがなく、つらい→がんばってないし充実していない C:沢山動き回って仕事をしていて、毎日ワクワクしている→がんばっていて充実している D:すごくがんばって毎日毎日残業してるけど死にたい気分→がんばってるけど充実していない つまり、がんばりと充実感の間には4パターンが考えられるんですね。

充実感重視の人生を送るために理解しておきたいポイント

がんばって成果を上げることと、充実感を得ることには関係がない

日本の教育の現場では「がんばっている × 充実感がある」というCパターンが良しとして強調され、繰り返し繰り返し、教えられます。 その方が大人にとって都合が良いからですね。がんばらなくても充実感が得られるんだよ、なんて言ったら子供は言うこと聞かないでしょ。

人生には吸う息と吐く息があり、いつでもがんばれるとは限らない

人間はABCDのどれかを行き来するのが当たり前なのです。 ところが、「生産性」という意味では、「がんばっている × 充実感がある」Cに留まり続けるのが一見良いように見えます。そのため、社会では、Cに留まることが求められるのです。 でも、そんなの無理ゲーなので、「がんばっている × 充実感がある」C→「がんばっている × 充実感がない」Dへの移行が起こるわけです。 ちょっと乱暴ですが、ワ●ミで残業しすぎて自殺する新入社員のような感じですね。

充実感はそのときどきの自分のニーズを適切に満たした時に訪れる

充実感はその時々の自分のニーズを満たすことから訪れます。 休みたいときに休み、動きたいときに動き、「がんばっていない × 充実感がある」Aと「がんばっている × 充実感がある」Cを行き来していれば、充実感のある人生になります。 「がんばっていない × 充実感がない」Bと「がんばっている × 充実感がない」Dを行き来する人生は、表面上でどんな成果が上がったとしても、しんどいものになります。

どうすれば充実感を得られる?

自分が何が好きかを知り、それに価値を置く

【瞑想】「がんばっている」と「充実している」の違いを理解して、有意義な人生を! photo credit: Mr Phil Price via photopin cc 日本の教育の現場では「がんばっていない × 充実感がある」Cパターンを刷り込まれる、と書きましたが、実は子供は自然に、「がんばらなくても充実感はある」ことを知っています。 私は子供の頃、テストで100点を取ることより、空が晴れていたり、給食に好きなものが出ることのほうが幸せでした(笑)。 だから、わざわざ刷り込む必要があるのだとも言えます。 たとえば仕事でも、数字として何か良い成果が出るより、クライアントの笑顔が大切だったりする、なんて人もいると思います。(もちろん、それだけで会社は回らないですが) そういった、自分が何を幸せに思っているか、何が好きなのかを知っておくこと、そしてそれを価値のあるものとして大切にすることです。

瞬間瞬間の自分のニーズを把握し、小さなところから満たしていく

充足感と自分の行動にミスフィットが出るのは、自分の中にある自然な流れを押し殺し、それに乗らないで行動するからです。 未来の目標のために、とか、自分を鍛えるために、とか、世間体のために、とか、全体のために個人としての自分を押し殺す、といったとき、それが起こりやすいと思います。 自分がそういったことをしていないか、敏感に感じとるようにします。人によってはそうすることによって自分の不幸や苦しさがクローズアップされてしまうので、苦々しい感じがするかもしれません。 また、何かを感じたとしても、社会の中で自分の流れだけを優先して生きられる人ばかりではないでしょう。 それでも、自分がどうしたいかを感じ続けます。そして、小さなところから満たしていきます。たとえば、紅茶が飲みたいか、コーヒーが飲みたいか。いま眠りたいか、もう少し起きていたいか、など。

自分のニーズを繊細に感じるためには、瞑想が有効

この「自分のニーズを把握」するのには、「小さなことにも繊細に気づきを持っている」状態でいることが大切です。これが最近話題の「マインドフルネス」ってやつです。 「マインドフルネス」であるために私は「瞑想」が有効だと思います。

ワークショップ「強烈に生きる」

実は、こんなことを書いているのは、先月、来日中のセラピストであり、瞑想者としても知られるサガプリヤの瞑想とセラピーワークのワークショップに参加してきて、人生の充実感について考える機会を持ったからです。ワークショップのテーマは「強烈に生きる」でした。 すごいテーマですが、強烈さ、は英語「Intensity」の訳語なので、集中した、凝縮した、みたいなニュアンスでとらえると、親しみやすいかもしれません。 1か月経って、私の中に落とし込めたのは「がんばっている」ことと「充実している」ことは違っていて、「充実」している人生を極めていくと、「強烈」な人生を送ることが待っているし、人生を充実させるのには「瞑想」が有効なんだなぁ・・・みたいな感覚です。 下に、瞑想グループに関する説明を引用してみます。
私達は、とてもたくさんの恐怖と心配を抱えていますが、それらがどこからやってくるのか知りません。もしやるべき義務を果たせなかったら、家族や職場、それに社会における自分の立場は崩れ落ちてしまい、私達は破滅することでしょう。だから期待されることをやり続けるのが最善のことだと感じてしまいます。たとえ私達が、自分の務めに喜びを感じず、努力が報われていると感じられなくても。 このグループは、この習慣的で機械的なライフスタイルの代わりとなるアイデアを提供します。その秘密は自分が「がんばってする」必要のある行動を、強烈さのある行動へと置き換えることにあります。 初めて聞くと、がんばってすることと、強烈さが同じように聞こえるのですが、実は両者は正反対の質なのです。がんばってすることは、常に分裂したマインドからなされます:あなたの中のある部分が何かをやると決断しますが、あなたの中の別の部分は、やりたくないのです。 強烈さは、一点に集中していて、分裂しておらず、全エナジーが同じゴールへと向かって行くことなのです。がんばってすることは欲望から起こるもので、失望へと導くことが多いのです。強烈さは、あなたの内奥の存在に根を持っていて、自発的で適切なのです-状況にぴったりと合っているのです。 「コンシャスリビング・ワークショップ」HPより
つくづく、「瞑想」がもたらすものは奥が深いですねぇ・・・。 あなたは自分の「充実」した人生を送っていますか? 少し立ち止まって考えてみるのも、悪くないかもしれません。

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