女性のインド旅、スピリチュアルな旅、瞑想、心理セラピー、海外ノマド。

2015年インドの旅と、私と生と死

      2016/03/14

深く全体的に生きれば・・・VeereshとOshoのことば

私と2つの死

2014年に入ってから、11月末に渡印する予定を立てていた私。 インド行きを控えた10月の末にむかし付き合っていたボーイフレンドの訃報が入ったのでした。彼は「悪友」としか言いようがない人で、かつて一緒に2回(2004、2007年)インドに行っています。 長いこと抑うつ状態が続いていたようで、どうやらその末の自死らしい、ということでした。 彼の状態については、なんとなく思い当たる節があったものの…それはあまりに突然で、私にとって納得の行きにくい、不条理な死で、ショッキングでした。

1月のおわり、今度はインドで、私が自分の人生を大きく変えるきっかけになった人の訃報が入りました。彼も同じタイミングでインドに来るつもりでいたのだけれど、病床にあって来られない...という状況でした。 すごい愛があって、それでいてクレイジーで、半端なくスケールの大きな人でした。彼の方法論には賛否両論があるけれど、そんなことは抜きにして、あんな人にはそうそう出会えないということは確かだと思います。 30代の私の周りでそんなに死ぬ人にまみれる時期はあまりありません。 もう死の香りでおなかいっぱい。 どちらの死に対しても、インドにいたことが消化する助けになってくれたような気がします。

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瞑想リゾートで死に瞑想する、死を祝う

私の滞在していたOSHO瞑想リゾートでは、死んだ人が望んだ場合、「お祝い」が行われます。 このリゾートはOSHOという覚者と、そのフォロワーたちが作り出したセラピー、瞑想を受けられる世界でも有数のスピリチュアルおもしろスポットです。宗教の体をとっているような部分もあるけれども、お布施もないし組織もないしお経も教えもありません。

ただ、彼が残した「瞑想法」と膨大な「講話」だけがあります。また、お布施はないけれども、入場料や中で行われているセラピーグループは高価です(笑)

OSHO自身は「宗教的」(人知を超越したものを扱うこと)は重要だが「宗教」(体裁や組織や儀式)は重要でない、という表現を良く使っていました。
しかし、このオショーさんというのは、存命中はインドでも西洋でもかなり議論をかもした人でした。 1970年代〜1980年代に大量の講話を語りましたが、彼にはタブーがありませんでした。
神、死ぬこと、性について社会のタブーを超えた本質を射抜く発言を繰り返し、ローマ法王、レーガン大統領、キリストなどに恐れを知らぬ”political incorrect”ー”政治的に正しくない”ジョークを飛ばしまくっていました。

性についても臆することなく語っていたので、セックスグルと揶揄されたこともあります。(ただ、彼自身は講話で話す「内容」については、実は無頓着でした…彼は話の「内容」が人間を変容させるとは考えていなかったのです。)

2010年代のいま、彼の言ったことはタブーではなくなり、当たり前になっていたりもします。特に西洋とアジアの先進国では、70年代に比べて、性についてはタブーは少なくなりました。

しかし、いまだに人類の最大のタブーは「死ぬこと」なのではないかと思います。
OSHOは「死を祝いなさい」と言い、それは彼の周りの人たちの間では常にできる限り実践されてきました。そして、今日でもそれが起こっているのです。 1970年代に若者だった人たちが中心の初期からのOSHOのフォロワーも、高齢化が進んでいるようで、私が滞在している間に、3回、この「お葬式」が起こりました。

お葬式には、みんなで歌って踊って楽器を演奏して、最後は「ガート」と呼ばれる火葬場に遺体を焼きに行きます。日本みたいにオーブンみたいな火葬じゃなく、ご遺体の上に直接燃料(なんと、牛の糞を使うことも)を積み上げて焼きます。

ちなみに、この焼き方はインドでは普通のやり方で、もちろん、不法行為などではないのです…。お香などを仕込んでいるのか、煙やにおいなど、そんなに不快なものではありません。 知らない人のお葬式?をやって全力でお祝いしてることも不思議だし、誰かが肉体を超えていく瞬間に立ち会うこと、そこで起こるエネルギーは大変に強烈でした。 それでいて何か、死は恐れるべきもの、とか、生と対立するもの、といった考えが溶けていくような気がしました。

死はフィクション

OSHOサマディ 私の滞在中の1月19日はOSHOが肉体の死を迎えた日でした。しかし瞑想リゾートでは特に特別なことはしないのです。 OSHOは常々 「死はフィクションだ。形が変わるだけ」 「私は宗教的に祀られることを望まない、私のことは死んだら忘れてかまわない、私に構わないで自分自身を見つけなさい」みたいなことを言ってました。

彼の死後、遺灰の納められている墓碑に「Never Born Never Died Only Visited This Planet Earth」と彫られていた時期がありました。

死は忌むべきものというのは社会が植えつけたもので、ほんとは自然なことなのだ、と思いました。
人と関係すること、あるいは一人でいること、死ぬこと、性に関すること、結婚すること、子どもを持つこと、お金、仕事、宗教に関すること・・・ 私たちはみな生まれた後にそれぞれの文化の中でいろんなアイディアをプログラミングされ、たくさんのタブーを抱えています。
どんなにタブーにしても、生きてるかぎり、それは人生の一部で避けられないものです。そのひとつひとつ、そのプログラミングを超えて向き合ってみれば、本当に自然なことなのだろうと思います。

ゴアで悪友を思う

アンジュナビーチ瞑想リゾートでの滞在を終えてからゴアに行きました。 悪友と一緒に行った場所をいろいろ見に行きました。そういえば1月に亡くなったお世話になったあの人もゴアが大好きでした。
ゴアは8年前とはえらい変わりようでしたが、何よりもアラビア海に沈む夕日とちょっとクレイジーで、だけどそんなに器用じゃなくて、ミスフィットなー自分の社会とどこかフィットしないー人たち(だから、こんなとこまで来なくちゃいけない人たち・・・)は、まったく変わりませんでした。

8年たっても私もちっとも器用じゃないままです(笑)。 悪友だって、なんかSNSとかで結婚したとかおっさんになったとか、子供ができたとか、そんなニュースを聞いて「あー、つまんないおっさんになっちゃったな〜」とか思ったりするのかな〜、なんて、ぼんやり考えてました。 なのに、そんな出来事も経ずに死ぬなんて、器用なのか不器用なのか、さっぱり分かりません。
でも彼なりの人生を全うしたような気もするし、短い人生のあいだ、おそらく家族の他で一番濃密に出会った人間のひとりだったことを誇りに思ってもいいような気がしました。

私たちは不滅で永遠に出会い続けているということが、インドではOSHOリゾート以外でも、どこか自然に受け入れられています。 死はタブーなんだけど、日本よりは薄いのです。
日本では、簡単に人は死なせてもらえません。自宅で死ぬ人も少なくなったといいます。 でも、インドには、人が感染症やケガで、突然に死んだりすることが自然なような、そんな部分が未だにあるんだろうと思います。

死ぬことは生の一部...その感覚がしみ込んでいきました。 そしてゴアでは、精神世界に片足突っ込んじゃったこともあり、どこか良い子になっちゃった自分が笑えました。 もう大人になったんだ、と自分のことも思ってきました。自分のクレイジーな一面をどこか許せなかったりもしてきたんだと思います。 それは死んだものとして、それを切り離して置いてきたつもりでいたような。

でも、これからまたクレイジーな私と付き合うことになるような気がします。昔とは違う形で・・・。 そのことが私の可能性を広げてくれるような気がします。

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